ごあいさつ

          富山県立富山いずみ高等学校
              
校 長   君 波 敦 子



 この度、富山いずみ高等学校に校長として着任いたしました君波でございます。

 春爛漫、立山連峰に輝く真っ白な雪、満開の桜、街中であるにもかかわらず、一歩、富山いずみ高校に足を踏み入れると、静かな佇まいや学校の落ち着いた雰囲気など学ぶ環境のよさから伝統の重みが感じられます。そして、まもなく120周年を迎える歴史と伝統ある学校で勤務できることを大変うれしく思います。
 
 校長室には、富山高等女学校、富山女子高校、富山いずみ高校の三つの校歌詞が掲げられています。高等女学校の校歌からは、高く清々しい立山連峰と広く深い富山の海原を自らの行動や学びの姿勢のかがみとしていたことが感じられます。富山女子高校の校歌からは、富山の恵まれた自然の中で、若者らしく女性らしく、清く、強く、聡く生きる喜びが感じられます。そして、現在の富山いずみ高校の校歌からは、やさしい旋律ながら、泉のようにわきでる生きる歓びや希望、友との強い絆が感じられます。それぞれの時代を反映する校歌ではありますが、校訓である「誠実、勤勉、聡明」の精神が脈々と受け継がれており、生徒たちには、先輩の皆様のように実践し、成長してくれることを願ってやみません。

 さて、新しい命の芽吹きが見られ、人々の気持ちも活気にあふれる四月のはずなのに、今年はいつもとは異なる新学期を迎えました。昨年度末から新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が止まらまい状況は、富山県内も例外ではありません。入学式を挙行し、新入生を迎えたものの、三月から臨時休校が続いており、毎日聞こえるはずの生徒の賑やかな声、吹奏楽部の奏でる音、合唱部の歌声、運動部の溌剌とした掛け声などは全くなく、学校はひっそりしています。
 生徒たちは、しばらくの間、自分や家族、友人など大切な人の健康と安全のために、冷静で賢い判断と行動のもと耐えて生活することになりますが、何事にも負けない強い精神力を備えた人へと成長してくれるものと信じています。

 終わりになりましたが、同窓会の皆様のご健勝とご多幸を心から祈念するとともに、今後も本校教育活動への変わらぬご理解とご支援をお願い申し上げ、着任のご挨拶といたします。



 
令和 2年5月10日発行 清泉同窓会便り 第61号 より         





                                   
学校の沿革

   学校の沿革は、富山いずみ高校のホームページに詳しく紹介されています。



      ≪富山県立富山いずみ高等学校ホームページ≫





歴史の中の3つの学校

    3つの学校の校旗、校章、校訓、校歌を紹介します。



                   ≪歴史の中の3つの学校≫






清泉同窓会 会員数   


         令和日現在
           
                            
高等女学校 9,152
高 等 学 校 24,116
合     計 33,268



                    ≪令和元年度卒業生 193名が入会されました≫              

           







清泉同窓会の歴史
 

 昭和31年に富山県立富山女子高等学校へ入学した第1回生の巣立ちに合わせて同窓会規約が整備され、第1回卒業生は34年3月の卒業と同時に富山女子高校同窓会員となった。同窓会が発足して間もない34年4月27日に、富山県立富山高等女学校同窓会から合併の申し入れが行われた。その後、富山女子高校同窓会は再三役員会を開いて協議を重ね、5月4日には両同窓会の代表者による会談が開かれた。
 こうした経過を経て、5月17日、富山女子高校同窓会は第1回総会を開き、その席で合併が決議された。前日の16日には富山高等女学校同窓会も同様の決定を行い、以後双方から15名の合併準備委員が選出されて合併に向けての具体的な準備が進められた。その中で規約等も合意され、会の名称を「清泉同窓会」とすることで意見が一致した。
 昭和34年7月26日、本校講堂で清泉同窓会の発会式が開催された。当日の参加者は、富山高等女学校から264名、富山女子高校から153名にものぼり、「酷暑の折から、このような多数の参加を予想していなかった準備委員の方々にとってはまことに嬉しい悲鳴だった」と『泉』第7号は記している。
「縣富女 百年史」  清泉同窓会 発足 より抜粋
注:『泉』は富山女子高校生徒会誌

       昭和34年7月26日
             清泉同窓会 発会式





清泉同窓会の名称


 昭和34年7月26日に合併し、新しい同窓会を発足するための合併準備委員会の作業の中でもっとも難しかったのは同窓会の名称である。当時の記録によると、名称についてはいろいろの案があったそうであるが、高等女学校の「清修自守」から一字「清」を、富山女子高校の生徒会誌から「泉」をとり、「清泉」と名付けられたようである。
 「泉」は高等女学校、富山女子高校共通の地、堀川小泉の泉に因むものである。そして、その名称には、清く尽きせず湧く泉の清新な命を称えるという意味を込め、意見の一致をみたのである。
 「縣富女 百年史」  清泉同窓会の名称 より抜粋






清泉同窓会  元会長  顧問


清泉同窓会 元顧問
元会長  塩井外喜子 元会長 鹿熊和子 元副会長 荒俣節子
富山高等女学校 38回生 富山高等女学校 44回生 富山高等女学校 45回生
鹿熊和子様は、
平成23年3月26日に
ご逝去されました


創立八十周年記念事業を実施
創立九十周年記念事業を実施
創立百周年記念事業を実施







清泉同窓会 顧問 清泉同窓会 顧問
元会長 中尾 淳子 元副会長 村山 千栄子
富山女子高校 1回生 富山女子高校 1回生
清泉同窓会 創立50周年記念事業を実施










創立百周年


記念式典   平成13年5月26日(土) 富山市芸術文化ホール (オーバードホール)
                
        
             北日本新聞夕刊 記事



鹿熊和子清泉同窓会会長(当時)のごあいさつ




校歌斉唱

白たへに 雄々しき
     日本アルプスの嶺や・・・


♪ 咲く花は 薫りを含み
         うるはしき 生命輝く・・・





1階席から5階席までオーバードホールいっぱいの在校生と同窓生




祝賀会    平成13年5月26日(土)

   
富山第一ホテル




清泉同窓会に対して
浜本学校長(当時)から謝辞がおくられました

       富山新聞 記事




鹿熊和子清泉同窓会会長(当時)のごあいさつ

富山新聞掲載写真




創立百周年記念事業


「清泉同窓会員名簿」の刊行
「縣富女 百年史」の発刊
清泉会館リフレッシュ
記録ビデオ「清泉につどいて」の制作
記念音楽会 富山市芸術文化ホール(オーバードホール)
記念講演会      加藤タキ氏 富山県民会館   
CD「創立百周年校歌」の制作



記念音楽会



≪創立百周年記念品≫