ごあいさつ

        富山県立富山いずみ高等学校
          
校 長   中  ア  健  志


 四月、珊瑚樹で囲まれた校門を抜けて生徒玄関へ続くアプローチを歩くとハナズオウやハナミズキ、満天星が花を咲かせ始め、春の到来を告げていました。

 この度の異動で、富山いずみ高等学校の校長に着任いたしました中アでございます。入学式に向けて準備をしておりましたら、中庭の芝生の方から声がしてまいりました。カーテンを開け覗いてみますと、体操服姿の生徒たちが青いシートを敷き、なにやら準備をしております。すぐに前日書道室で出会った書道部の生徒と分かりました。新入生勧誘に向けた書道パフォーマンスの練習を行っていたのです。翌日には、吹奏楽部、翌々日には合唱部が同じ場所であたかもそこがステージであるかのごとく、心地よい音楽や歌声を聞かせてくれました。

 本校は明治三十四年に富山県高等女学校として開校し、昭和二十三年には富山女子高等学校として本県の女子教育の中心として歴史を刻み、平成十四年からは男女共学校として富山いずみ高等学校と校名を改めましたが、その精神を受け継いできました。間も
なく百二十年を迎える歴史と伝統を持った本校に勤務できることを大変光栄に思います。

 入学式から数日してからゆっくりと校地内を見て回りました。多くの樹木や泉水をもつ池など中庭のすばらしさはもちろんですが、随所に配置された三女性像などの銅像や校歌が刻まれた石碑などに長い歴史を感じるとともに、生徒たちが持つどことなく落ち着いた雰囲気は、この中で育まれていることも実感しました。総合学科、看護科の生徒たちはそれぞれの目標に向かって日々努力をしており、その実現に向けてしっかりと支援し、健やかに、そしてたくましく育てていく責任を改めて感じております。

 次期学習指導要領には、予想困難な社会において、生徒が未来を切り拓いていけるよう
に、育成を目指す資質・能力が明確化されることになりました。しかし、時代が変化しても、
校訓 「心明るく 誠実であれ」 「行い正しく 勤勉であれ」 「志高く 聡明であれ」の精神
は変わらず、これからも諸先輩方と同様に、生徒が受け継ぎ、実践してくれることと思います。

 終わりになりましたが、廣瀬同窓会長をはじめ同窓会の皆様のご健勝とご多幸を心から祈念するとともに、今後も本校教育への変わらぬご理解とご支援をお願い申し上げ、着任のご挨拶といたします。




 
平成30年5月11日発行 清泉同窓会便り 第59号 より         





                                   
学校の沿革

   学校の沿革は、富山いずみ高校のホームページに詳しく紹介されています。



      ≪富山県立富山いずみ高等学校ホームページ≫





歴史の中の3つの学校

    3つの学校の校旗、校章、校訓、校歌を紹介します。



                   ≪歴史の中の3つの学校≫






清泉同窓会 会員数   


         平成31日現在
           
                            
高等女学校 9,152
高 等 学 校 23,923
合     計 33,075



                    ≪平成30年度卒業生 193名が入会されました≫              

           







清泉同窓会の歴史
 

 昭和31年に富山県立富山女子高等学校へ入学した第1回生の巣立ちに合わせて同窓会規約が整備され、第1回卒業生は34年3月の卒業と同時に富山女子高校同窓会員となった。同窓会が発足して間もない34年4月27日に、富山県立富山高等女学校同窓会から合併の申し入れが行われた。その後、富山女子高校同窓会は再三役員会を開いて協議を重ね、5月4日には両同窓会の代表者による会談が開かれた。
 こうした経過を経て、5月17日、富山女子高校同窓会は第1回総会を開き、その席で合併が決議された。前日の16日には富山高等女学校同窓会も同様の決定を行い、以後双方から15名の合併準備委員が選出されて合併に向けての具体的な準備が進められた。その中で規約等も合意され、会の名称を「清泉同窓会」とすることで意見が一致した。
 昭和34年7月26日、本校講堂で清泉同窓会の発会式が開催された。当日の参加者は、富山高等女学校から264名、富山女子高校から153名にものぼり、「酷暑の折から、このような多数の参加を予想していなかった準備委員の方々にとってはまことに嬉しい悲鳴だった」と『泉』第7号は記している。
「縣富女 百年史」  清泉同窓会 発足 より抜粋
注:『泉』は富山女子高校生徒会誌

       昭和34年7月26日
             清泉同窓会 発会式





清泉同窓会の名称


 昭和34年7月26日に合併し、新しい同窓会を発足するための合併準備委員会の作業の中でもっとも難しかったのは同窓会の名称である。当時の記録によると、名称についてはいろいろの案があったそうであるが、高等女学校の「清修自守」から一字「清」を、富山女子高校の生徒会誌から「泉」をとり、「清泉」と名付けられたようである。
 「泉」は高等女学校、富山女子高校共通の地、堀川小泉の泉に因むものである。そして、その名称には、清く尽きせず湧く泉の清新な命を称えるという意味を込め、意見の一致をみたのである。
 「縣富女 百年史」  清泉同窓会の名称 より抜粋






清泉同窓会  元会長  顧問


清泉同窓会 元顧問
元会長  塩井外喜子 元会長 鹿熊和子 元副会長 荒俣節子
富山高等女学校 38回生 富山高等女学校 44回生 富山高等女学校 45回生
鹿熊和子様は、
平成23年3月26日に
ご逝去されました


創立八十周年記念事業を実施
創立九十周年記念事業を実施
創立百周年記念事業を実施







清泉同窓会 顧問 清泉同窓会 顧問
元会長 中尾 淳子 元副会長 村山 千栄子
富山女子高校 1回生 富山女子高校 1回生
清泉同窓会 創立50周年記念事業を実施










創立百周年


記念式典   平成13年5月26日(土) 富山市芸術文化ホール (オーバードホール)
                
        
             北日本新聞夕刊 記事



鹿熊和子清泉同窓会会長(当時)のごあいさつ




校歌斉唱

白たへに 雄々しき
     日本アルプスの嶺や・・・


♪ 咲く花は 薫りを含み
         うるはしき 生命輝く・・・





1階席から5階席までオーバードホールいっぱいの在校生と同窓生




祝賀会    平成13年5月26日(土)

   
富山第一ホテル




清泉同窓会に対して
浜本学校長(当時)から謝辞がおくられました

       富山新聞 記事




鹿熊和子清泉同窓会会長(当時)のごあいさつ

富山新聞掲載写真




創立百周年記念事業


「清泉同窓会員名簿」の刊行
「縣富女 百年史」の発刊
清泉会館リフレッシュ
記録ビデオ「清泉につどいて」の制作
記念音楽会 富山市芸術文化ホール(オーバードホール)
記念講演会      加藤タキ氏 富山県民会館   
CD「創立百周年校歌」の制作



記念音楽会



≪創立百周年記念品≫